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広島高等裁判所 昭和31年(ネ)137号 判決

控訴人 平和信用金庫

被控訴人 加藤熊次郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対して金二十万円及びこれに対する昭和二十八年九月二十九日より右完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金六万円の担保を供するとき仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一、二、三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は左記に附加する外何れも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

一、控訴代理人の主張

本件手形の振出行為が訴外加藤政雄或は同人の命令によつて人の経理事務に従事していた店員小市庸によつてなされたとしても、被控訴人は当事本件手形以外の手形以外の手形について加藤政雄に自己の実印を貸与し手形行為をなす権限を授けていたものであるから同人の手形行為はその代理権の範囲を越えてなされたものと謂うべく、しかも同人は被控訴人の弟で兄と同じく呉服商を営み右両名は相互に他よりの債務の保証人となり合つていると謂う事情があり、且つ控訴金庫は従来被控訴人とも取引があつて同人の印鑑を承知して居り本件手形に捺印された印鑑が被控訴人のものであることが認められ、これを加藤政雄が持参したのであるから控訴金庫において右政雄にその代理権ありと信ずべき正当の理由があつたもので被控訴人は本件手形の振出人としてその責任がある。尚被控訴人は民法第百八条に違反し、同法第百十条の適用がないと主張するが、手形当事者においては民法第百八条の適用なく、民法第百十条の第三者とは手形関係においては直接の相手方に限るべきでないからその主張は理由がない。

二、被控訴代理人の主張

右表見代理の事実を否認する、被控訴人は訴外加藤政雄に対して一度も手形行為をなす代理権を与えたことはない。只かつて政雄のために債務の保証をなしその手形の書替のため自己の印鑑を政雄に貸与しその名下に印鑑を押捺せしめたことはあるがこれを目して代理権を与えたとは謂えない。又被控訴人と政雄は兄弟であつて相互に債務を保証し合つたことがあつたとしても代理権を与えたことはなく、これを与えた旨控訴金庫に表示したこともないから表見代理の事実はあり得ない。仮りに加藤政雄が被控訴人の代理人として本件手形を振出したとしても本件手形の振出人名義は被控訴人であり、受取人は加藤政雄であるからこれは民法第百八条の相手方代理の禁止規定に違反するので右代理は無効であり民法第百十条適用の余地はない。又同条の第三者とは代理人と法律行為をした直接の相手方を謂うので本件手形行為についてみると加藤政雄の代理行為が云々されるのは被控訴人名義の振出行為であり該振出行為の直接の相手方は受取人たる加藤政雄であつて控訴人ではない。控訴人は加藤政雄の裏書を得て所持人となつたものでその場合控訴人は被控訴人の代理人としての加藤政雄との間には何等法律行為をしていないから表見代理の関係はあり得ない。

三、証拠関係

控訴代理人は甲第四乃至第八号証を提出し、当審証人諏訪武士の証言を援用し、乙第三号証は小切手帳であること及びその印刷部分の成立は認めるが消印及び記入部分の成立は不知、爾余の乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は乙第一乃至第五号証を提出し、当審証人小市庸の証言を援用し、甲第一号証の成立を否認する、右約束手形の被控訴人名下の印が被控訴人のものであることは認めるが右印鑑は小市庸が加藤政雄の指示により被控訴人の承諾なしに使用捺印したもの、甲第八号証の被控訴人名下の印が被控訴人のものであることは認めるも被控訴人が捺印したものではない、その他の部分の成立を否認する爾余の甲号各証の成立を認め甲第四号証を援用すると述べた。

理由

控訴人はその主張のような約束手形を被控訴人が振出したと主張し、被控訴人はこれを否認するので考えてみるに、成立に争のない甲第二乃至第七号証、当審証人諏訪武士の証言により被控訴人の署名捺印の部分を除き真正に成立したと認められる甲第一、八号証に原審証人木村知弘、原審並びに当審証人小市庸、前示諏訪武士の各証言本件弁論の全趣旨を綜合すれば被控訴人はヤマカ呉服店を経営して居り、同人の実弟である訴外加藤政雄も亦「かずもとや」呉服店を経営していたが右政雄は控訴金庫の理事の一人でもあり且つ控訴金庫とも取引があつたところ、昭和二十八年七月頃同人が振出し控訴金庫を支払人とする小切手が不渡りとなつたので控訴金庫に懇願して貸出しを求めたが、控訴金庫は当時政雄に対し相当多額の債権を有していた関係上同人の単独名義では貸出せないが被控訴人の保証があれば考慮する旨答えたため、政雄はたまたま被控訴人に他の債務につさ保証して貰うため預つていた被控訴人の印鑑を利用して手持ちの手形用紙に被控訴人の承諾を得ないで勝手に振出人欄の下方に右実印を押捺した上同月三十日店員である訴外小市庸に命じて被控訴人の氏名を振出人欄に記入させた外、金額二十万円支払期日昭和二十八年九月二十八日支払地及び振出地とも広島市、支払場所広島信用金庫駅前支店とそれぞれ記載せしめて約束手形一通を作成して自ら受取欄に自己の氏名を記入し、なおその裏面に裏書人として自己の記名捺印をした上、同日右手形を右小市を介して控訴金庫に交付したこと控訴金庫は右手形の所持人として満期日に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された事実が認められ右認定に反する部分の原審証人加藤政雄及び前示小市庸の証言は信用できない。然らば被控訴人は本件手形の振出については何等関係ないものと謂うべきである。

然しながら前記各証拠によれば前示一部認定したように当時被控訴人と加藤政雄は共に呉服店を営み互に他よりの債務につき保証し合つていたが被控訴人は政雄に対し本件手形以外のもので被控訴人が保証した手形債務について自己に代つて手形行為をなさしめるため或はこれに必要な印鑑証明書の交付を受けるために自己の印鑑を貸与した事実が認められ該事実からすれば当時被控訴人が加藤政雄に対し自己が保証人となるべき手形債務については自己に代つて手形行為をなすべき代理権を授与していたことのあることが窺われ、右認定に反する部分の原審被控訴本人尋問の結果は信用し難い。従て加藤政雄の本件手形の振出行為は前段認定のように被控訴人の承認のない独断無権限の行為ではあるが右のように被控訴人が当時加藤政雄に他の手形につき一部代理権を与えていたものであるから同人の本件手形行為は純然たる無権代理行為とは言えず代理権限を超越した行為であることが明かである。

而して前段説示のように加藤政雄は被控訴人の実弟で共に別個に呉服店を経営し従前より互に手形債務につき保証し合う関係があつたこと、本件手形振出当時被控訴人は加藤政雄に対し自己の印鑑を貸与した事実のあることに前顕各証拠を綜合して認定し得られる、控訴金庫と被控訴人とは昭和二十四年六、七月頃から取引をして居り、加藤政雄に貸出す際も政雄に単独で貸出すこともあるが大部分は被控訴人に保証さして居り、保証させる場合も手形上は共同振出人とすることがあつてその際被控訴人名下の印は被控訴人のものであるが署名は政雄が代署し所謂署名代理をしていたこと、そして最初被控訴人が保証人となつたとき係りの者が被控訴人宅に行き保証人となることを確かめたが以後は印鑑のみ被控訴人のものであることを確認して貸出して居り、政雄も印鑑はまかされていると言明していたので控訴金庫としても政雄が署名代理をすることを了知していたこと、本件手形で貸出す直前の昭和二十八年七月二十二日被控訴人と政雄の共同振出に係る約束手形で政雄に対し金十五万円を貸出して居り、その約束手形の被控訴人名下の印は同人の従来のものであり署名は政雄が代署していること、本件手形による貸出しに際しては前段認定のように控訴金庫は政雄に単独貸出すことに不安を感じて被控訴人の保証があればよいと伝え、政雄は小市に命じて被控訴人を振出人として署名させ政雄を受取人として控訴金庫へ裏書譲渡の形として手形を持参させたもので控訴金庫は被控訴人名下の印影が同人の従来のものと同じであることを確かめた上貸出しに及んだこと等一連の事実を綜合して考慮すれば控訴金庫が加藤政雄に本件手形振出につき被控訴人を代理する権限あるものと信ずるにつき正当の理由があつたものと認めるのが相当であり右認定に反する部分の前示加藤政雄、被控訴本人の各供述は信用し難い。結局被控訴人は加藤政雄の表見代理行為により本件手形の振出人としてその責任を免れることはできないと謂うべきである。

この点につき被控訴人は本件手形の振出人名義は被控訴人であり受取人は加藤政雄であるから民法第百八条の相手方代理禁止の規定に違反し右代理は無効であると抗争しているが元来手形行為は金銭支払のための手段的な行為で原因関係とは異つて居り、特に手形の書面行為は不特定の相手方に対する一方的行為であるから利益衝突を惹き起す虞なく民法第百八条但し書にいわゆる「債務の履行」的行為であるから民法第百八条は手形行為の代理には適用しないものと解するのが相当である。よつて被控訴人の右主張は理由がない。

又被控訴人は民法第百十条の第三者は代理人と法律行為をなす直接の相手方を謂うので本件では被控訴人名義の振出行為の直接の相手方は加藤政雄であつて控訴人でないから右表見代理の規定の適用はないと抗争するが手形は流通証券で手形取引の特質からいつて右第三者は表見代理人の直接の相手方だけでなく以後手形関係に参加するすべての者に適用があると解するのが相当であるから被控訴人の右主張は採用できない。

然らば被控訴人は控訴人に対し本件手形金二十万円及びこれに対する満期日の翌日である昭和二十八年九月二十九日より完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息を支払う義務あるものと謂うべく、控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべきである。右と異る趣旨にでて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は取消を免れないから民事訴訟法第三八六条第九六条、第八九条、第一九六条を適用して主文のように判決した。

(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)

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